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ベイシー写真館

Basie Diary 2017年

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12/11 昨日は高知最後の5ヶ寺の札所参りに、今日の天気予報は晴れとの予報でしたが、朝5時過ぎに家を出て徳島道を経て高知道へ入った途端雪がチラホラ、大豊へ近づくにつれ本格的に降ってきて山は真っ白で余程引き返そうかと思ったけど大豊を抜けて何本かトンネルを抜けると南の空は晴れてる感じでipadで天気予報再確認しても”晴れ”で帰りの心配があったけど、最悪55号線廻りという手もあったので強行しました。
そんなこんなで最初の35番清滝寺に着いたのが8時過ぎでした。しかし土佐の札所巡りは距離が長い、同じ土佐市の36番青龍寺を出て37番岩本寺までの距離が60k弱それも高速は途中まで、次の足摺38番金剛福寺までが一般道を90k、途中歩きお遍路さんを何人も見かけましたが土佐の札所は”修行の道場”といわれるだけあって大変ですね。足摺金剛福寺ではジョン万次郎の銅像等の観光名所が近くにあり時間つぶしてしまい最後39番延光寺へは納経所の開いてる時間5時に間に合わないので30k程走ったところで引き返しました。次の愛媛の観自在寺へ行ったときに足延ばします。

12/4 昨日は岡山残り2城、鬼ノ城、備中松山城に登城、距離が近い広島福山城も登城するつもりだったけど二城とも400mを超える山の上でメチャ疲れたし日も落ちて西日で撮影に支障が出るので今回は中止。備中松山城はよくこんな処に城を作ったもんだと感心しきりでした。

11/24 私のサイトも数えてみたら2年半で62ページになりました。
自分ではどこに何があると分かってるけど人様がみたら複雑で分かりにくいという指摘(まだないけど)が出そうなんでこの際サイトマップを作りました。一目瞭然で分かるように作ったつもりです。

10/30 明日は久しぶりに城郭めぐり。
岡山方面で、岡山城、津山城、備中松山城、鬼ノ城の4城を回る予定。
時間が余れば広島の福山城とウチの先祖の出身地の府中市もね。

10/29 ヤフオクで衝動買いです!DENONのアンプ、メチャ安かったです。
PMA-50、BlueTooth接続できるからiPhoneの取り貯めた音楽を無線でとばせるから非常に便利です。
音はあんまり期待してないけどオーディオのページでまた書きますね。

10/23 この前の雪蹊寺の気味の悪い写真、
タネをあかしますとフォトショでパノラマ合成したところ
赤丸の男性の歩きが早すぎて
合成したらこういう心霊写真みたいになったようです。
これからもパノラマ合成で撮るときは気をつけなくちゃ。
テレビ番組でよく出る心霊写真はフォトショでチョー簡単に出来るから全部とは言わないけど騙されないようにね。

10/10 昨日は高知の札所28番大日寺から34番種間寺までお参りしてきました。
  流石一日に7ヶ寺はチョットキツイ、祭日の月曜日で参拝客も非常に多く、特に五台山の竹林寺は駐車場が満パイで遠方に
駐車したので参拝から車に帰ってきたらもうヘトヘト、私の場合写真を撮るという目的もあるので人の少ない時、場面を見計らって撮るので時間もかかり最後の種間寺では4時をまわっていたし、おまけに寺が殆ど東向きで逆光となりあまりいい写真は撮れませんでした。そんなこんなで今日は写真を整理していたところ、一枚気味の悪い写真が、33番の雪蹊寺の中の一枚でナント男性らしい上半身が消えてます。なんかのタタリか〜。

10/3 第9弾、鷲の門を入った三木曲輪から。

9/24 第8弾、お堀中央部の屏風櫓です。

9/20 昨日、徳島城博物館へ調べたい事があり行ったけど生憎休館日、仕方なく帰ろうとしたら家政公の銅像の前で
  県外客であろう老夫婦に案内パンフレットに載っている「舌石」は何処か?と尋ねられました。
銅像の西の川添いにある石垣まで案内すると石垣の手前が椀を伏せたような土塁状になっていて土塁の上に立つと見えない、かと言って石垣に近づくと勾配があるので老夫婦にはドブ川に滑り落ちる危険があるし手摺も無し、仕方なく少し離れたJRの線路を跨ぐ陸橋の下まで案内しました。「舌石」といえば数ある全国のお城には珍しい屏風塀を支えていた石垣から突き出た石、いわば徳島城の数少ない一つの見所とも言えるもの、パンフレットに載せているだけで何処で見えるとも書いてない、まして川といっても落ち葉や枯れ木が散乱のヘドロ状態、とても観光客を案内できるような場所ではありません。四国の中では唯一城が無い徳島城、城が好きな私も他の3県の城は何度も行きましたが、ここへは県外客は二度、三度とは来てもらえないしょうね。

9/12 第7弾、第4弾の城内から大手門を見た処をアングル変えてみました。

9/12 第6弾、太鼓櫓です。

9/8 第5弾、堀川北東隅から数寄屋橋、隅櫓、数寄屋橋の門、その上の旗櫓です。
       バックに東二の丸の天守を描いてます。
       二の丸の石垣が全然見えないのでよく分かりませんが位置的にはほぼ間違いないと思うけど。

9/4 第4弾、城内から大手門を見た処

9/2 第3弾、千秋閣庭園から
       東の丸の天守閣と
       山頂本丸、右が武具櫓、左が弓櫓のつもり。

8/27 第2弾、鷲の門三木曲輪から下乗橋を入った桝形虎口大手門のパースです。
  右に多聞櫓、左に大手門櫓、大手門櫓の下が虎口を抜ける大手門があります。
  堀川の水は写真写りが汚いので水面変えてます。

8/11 今モニターは32インチを使っていますが、フォトショで作業する時、ツールのパレットが邪魔で作業画面が見えず上下左右に移動させたり時には消したりで実に面倒でした。そこで15インチのモニターが余ってるのでマルチ画面にしてみました。それが左の写真、大成功です、なんでもっと早く気がつかなかったんだろ。作業画面は32インチ目一杯使えるので作業はどんどんはかどります。右の写真はそれのスクリーンショット、スクリーンショットはデスクトップ画面が広がったように見えるので左右同サイズになるけど問題なし。

8/7 この暑さで城跡巡りも一旦休止。他にやること無いんで、また徳島城をフォトショで描いてみました。
鷲の門の角から見たパースです。例によってヨソの城から切り抜いてペタペタと貼り付けてますが、どうしても建物の角度や向きが合わないので変形させてますから多少ムリが出てます、あまり拡大してアラ探ししないでね。左奥から太鼓櫓、大手門の多聞櫓、角が月見櫓、右奥の小さいのが屏風櫓です。あと数寄屋橋近辺や東二の丸の天守も描いてますのでまた発表します。

7/22 今日は女房の仕事のお客6人を連れて運転手として京都へ!ウチには当然7人も乗れる車はありません、依って車はレンタカー、ニッサンのミニバン、エルグランド借りたかったけど生憎先客ありとのことでセレナで辛抱です。行き先は京都平安神宮すぐ近くの京都勧業館「みやこめっせ」、なんでもフランスから会社のお偉方や、あのテレビによく出てるメンタリストの「ダイゴ」が来るそうで全国から5〜6百人集まるそう。でも私は全然興味無いんで、例によって城跡巡り、世界遺産「二条城」へ行きました。しかし暑いのなんの!先週の大阪城どころではない、京都は暑いとある程度想像はしていて、タオル2枚とウチワ持参で行ったけど城内は広いし、私の場合見学コースを外れて見て回るのでフツーの観光客の倍以上は歩いたと思います。写真は東南隅櫓と東大手門(写真左から三本目の松の辺り、工事中のユンボやブルーシートがあって目立ってたので消しました。少々不自然なトコあるけど許されて)

7/16 この日はちょっとヤボ用で大阪へ!女房は神戸で用事があるとの事で途中で下して、城東区の今福へ!
ここは大坂冬の陣の「今福・蒲生の戦い」の古戦場跡(写真)で有名です。用事は早々と済まして、例によってまた近くの大阪城へ!この日は3連休の中日で観光客も多いんじゃないかなと覚悟してましたが・・・やはりダネ。多いなんてモンじゃない、うじゃうじゃいました。それも中国本土か台湾の中華系がほとんど、観光客全体の半分以上が中国人と思える位中国語が飛び交ってました。てなことで写真どこで撮っても人が映りこむし、おまけにメチャ暑いし早々と1時間ほどで退散です。

7/15 城巡りも先日4日かけて愛媛の5城が終わりやっと四国4県全て登城して来ました。愛媛は連郭式平山城の松山城だけでも広いのと文化財が充実しており、よく城内も整備されて全て見て回るのに1日半かかりました。四国の主な他の3県の各城を登城してみての感想は一言、「実に羨ましい限り」です。
松山、丸亀、高知、宇和島は現存天守が残っているし、他の高松、大洲、今治は見事な天守が再建されています。今治に至っては天守はもちろん櫓、塀、門全て再建で天守は史実に基づかない模擬天守だが望楼型の入母屋破風の造りで鉄筋コンクリートで建てられていて最上階からはしまなみ海道が眺望でき実に壮観です。それに比べて徳島はというと当時は25万7千石の大大名だったが、城跡はといえば堀と石垣が残るのみ、城内は公園化されているが、旧寺島川(現在は幅の狭いドブ川)沿いや、弁天池、城山山頂の石垣の下は立入禁止で立木や枯れ葉で観察も出来ない有様です。「日本城郭体系」で県下にはかって三百余りの城、塁、砦が記録として残っているが、約半数は正確な場所すら分からない。これは県民や従来の首長の文化財に対する認識の低さを表していると書いています。徳島には”阿波踊り”という全国でも有名な踊りを残してくれた蜂須賀の殿さんに対して申し訳ないと思いませんかね。

7/5 4日の日曜日、久しぶりに女房とお四国参りに!今回は愛媛の40〜53番までがまだ残ってるけど遠いしこの暑さなので秋まで延期、高知の24番最御崎寺から再スタート。高速が無いので55号線をひたすら南へ!途中海陽町の加島城で以前撮り損ねた写真を撮り室戸へ、家から130kようやく到着、24番最御崎寺へ行く前にすぐ手前にある明星来影寺の巨大弘法大師像(写真)や、昔の最御崎寺へ登るへんろ道である”大師一夜建立の洞窟”みくろ洞、お大師さんが行水したといわれる池や、おまけに中岡慎太郎の銅像やらで見どころ一杯です。今日の予定では4番目の27番神峯寺までで比較的ゆっくりと廻る予定でしたが、流石、土佐は”修行の道場”と呼ばれるだけあってキビシー、最後の神峯寺は駐車場からの勾配のキツイ坂や階段でヘトヘトでした。

5/27 先日、愛媛県の城巡りで松山城、今治城を見て来ました。愛媛県にはあと大洲城と宇和島城がありますが今回は先の二城のみ、先に今治城を一日かけてじっくり見学、二日目は松山城でしたがここは天守をはじめ門や櫓が殆ど重文クラス、まして標高132mの勝山の山頂に本丸、中腹に二の丸、麓に三の丸と非常に広くて見応え満載でとても一日では廻りきれず今回は山頂周辺の本丸のみに、早い機会にもう一度見に行きます。

5/17 15.16日と2日間かけて今治城と松山城2城と霊場7ヶ寺、ただしお参りは後日女房と一緒に、写真撮影のみです。
一番の目的はお城もそうだが、伊予の霊場のページのトップのバナー写真を撮ることです。48番西林寺の奥の院、杖の淵ここは弘法大師に由来する池で、徳島の江川、剣山の御神水と同じく「日本の名水100選」に選ばれている湧水池で、奥の院と言っても公園になっており、ロケーションが良くトップのバナー写真には最適と思い選んだ次第です。

5/12 私はよく城跡巡りに一人で山へ車や足で登りますが、登っている時、何時も思うのはこんな悪路、もし転落したり崖崩れにあったらどうなるんだろう何日も発見されずにそのうち野垂れ死になんてことになるのかも。道だけじゃなく山には猪や猿に出くわしたこともあって、何せ危険が一杯。城跡巡りも今までは平地の城を主体に廻ってきたけど、まだ美郷や三好に数多くの山城が残っています、中には美郷と神山の境にある雁又、倉羅城は標高930mの山の上、木屋平にある東宮城は1000mを越えています(こんなところはこの老体では無理でしょうけど)。そこで本題、こんな危険な目に遭った時便利なのが、iphoneの”iphoneを探す”機能、電源さえ入っていれば、私が今何処に居るか、女房のiphone,ipadで表示されます。試しに行き先を告げずに出かけて女房に今何処にいるか聞いたらピンポイントで言い当てました。世の中超便利になりましたね。

5/10 5月入ってすぐ、伊予路の東、61番香園寺から65番三角寺までお参りに行きました。三角寺から逆打ちで廻り4番目の宝寿寺、ここは霊場会との係争で話題になった問題寺。住職がお遍路さんを殴ったとか、決められた納経時間を守らないとか、とにかくこの寺は有名になってます・・・悪い意味で。他にも噂では檀家さんの法事をドタキャンするとか、山門や鐘楼が無く寺のモノを処分して廃寺寸前とか、本堂脇の工事中の看板は10年も前からあるらしく、要は直す気がまったく無いらしい。私も88ヶ所写真を撮って廻ってるけど、この寺写真撮るとこ殆ど無し、本堂と大志堂と手水舎位、4〜5枚で収まりそう。納経所も開いていた時間だけど、別のお遍路さんから次の香園寺でもらえるからと聞いていたので、こんなルール守らない寺はパスです(貰っても御利益ないと思うからね)。

4/29 私のこのサイト、コンテンツまた増えそうです。
先日、徳島城博物館のページ見ていたら外部サイトで「城下町とくしま歴史さんぽ」というサイト見つけました。
これは徳島市内の昔の古地図を見ながら城下町の名所、旧跡を案内するサイトで、iphoneでGPSを使って現場まで連れていってくれるスグレモノです。何より探して歩き廻らなくてもいいのが嬉しいですね。早速、App Storeでダウンロードして、試してみようと思ってます。
   

4/17 先日88ヶ所参りの逆打ちで67番大興寺から66番雲辺寺へ!ルートは大興寺近くを通っている6号線に入るか、少々大回りでも道の良い国道32号線で池田坪尻から6号線に入るか迷ったけど、道の近そうな6号線から入りました。結局これが後で後悔、道はヘアピンカーブだらけで距離的にはむしろ遠い感じ、しかし何といっても六地蔵を過ぎて徳島への県境を越えた途端悪路の連続、香川県側は白い道路外側線の入った比較的ましな道路だったけど県境を超えた途端、外側線は無く道路の脇は落葉や落石で車の対向も困難な状況でした(しかし雲辺寺への268号線入るまで対向車は一台も無かったけどね)。しかし言いたいのは、ここも全国のお遍路さんが通る遍路路の一本だし県境を越えてこれだけ差があるのは県人として恥ずかしい(*ノωノ)、予算規模も違うだろうけど何とかして欲しいですね。

4/14 昨日三好市の八ツ石城跡へ登りました。この城は南北朝時代の南朝方の脇屋儀助の子、新田義治が築城したと伝えられている城です。JR辻駅から南へ約10k、標高820m八石山の山頂にあります。予めGoogleMapでこの辺りではなかろうかという場所をポイントマークして、iphoneのナビで向かいましたが、iphoneでは電波が途切れたりで登り口がさっぱり分からない、人に聞くにも人ひとりいません、走りまわってやっとこさお爺さんが散歩してるのを見つけて聞いてみた処、山は目の前の山だけど登るには「昔は道標があったけど今は殆ど無くて登っても途中不安になるよ」との返事、しかしここまで来たら引き返すのもシャクだし大体の道順を聞いて強行しました。道は私の軽がやっと通れる位の広さだし、道は苔が生えておまけにるしおまけに落石で石がゴロゴロ、お爺さんの言う通り6〜7合目まで来ると不安になり余程引き返そうかと思ったけど・・、そうこうするうちにやっと道標が見つかり、そこから一気に山頂まで。山頂は駐車場やトイレもあり城跡も郭や堀跡もほぼ残っていて、前の日開谷城、同様満足できる状況でした。

4/11 先日ついにCANONのカメラが壊れました。液晶モニターが映らない、写真は撮れるけどモニターが映らないと一々ファインダーを覗かないと撮れない。一眼レフやiPhoneもあるけど、何せ数撮るから一眼レフは首にぶら下げて歩くのは重いし、iPhoneは撮影時の調整が効かないので余り使い物にはならないしね。ということでなんにしても商売道具?がないと始まらないので、ネットで新品購入しました。金もないのでNIKONのCOOLPIX A10、コンデジでは最安値で単体だと1万円を切る値段。これは数あるメーカーで唯一、乾電池で動くもの、なにせ数撮るから途中で電池切れなんてこともよくあったけど、これだとちょっと走ればコンビニでもどこでも売ってるからね。商品は電池8本パック、8GのSDカード、ソフトケース、ネックストラップ、ミニ三脚、単眼鏡が付いて13500円。特に三脚はパノラマ合成写真を撮る時は必需品。デカいのはあるけど荷物になるし、これだとポケットに入るから便利です。

4/5 昨日は讃岐最後の札所、71番弥谷寺から67番大興寺まで逆打ちでお参りしてきました(66番雲辺寺は後回し、愛媛への途中で行くつもり)。中でも最初の弥谷寺は事前の調べで階段が徳島の切幡寺(333段)の倍近くの640段あるとのことで覚悟をして登りました。お参りも済ませて駐車場まで降りてくるともうクタクタ、まだ四ヶ寺残ってるのに体力使い果たした感じ、しかし今まで参拝した寺の中では一番歴史を感じさせるお寺でした。あとこの弥谷山の隣の天霧山には天霧城の城址があるそうだが尾根の峰伝いに相当歩かなければならないそうで今回はパス。しかし次は本山寺は平地だし、観音寺、神恵院は同じ境内にあって救われました。帰りにちょっぴり流行ってそうな店で讃岐うどんを喰ったけど、麺にコシはあるけど出汁がメチャ薄、俺の口には合わないので店の名前は憶えてません。

3/31 先日、阿波市の日開谷城のあった城王山に登ってきました。ここは阿波の南朝方拠点で東みよし町東山城、木屋平森遠城と並んで阿波の山岳武士団の一つです。事前の調べでは標高は632mだが殆ど車で行けるということでした。香川88番大窪寺へ抜ける県道2号線を途中右折して林道に入りそこから車の対向も出来ない山道をひたすらホンダアクティのボロ車で登りましたが、途中崖崩れや、雑木で車のボディがキー・キーと擦れるし心細くなって余程引き返そうかと思ったけど、そうこうする内にやっと車の駐車出来る場所に着きiphoneで高度を見るとまだ520m、まだ110mも下で、そこから徒歩ですが、尾根伝いに行くものですから上がったり、下がったりで結構歩きました。しかし頂上の城址に着くと疲れも吹っ飛びました。というのも「日本城郭体系」に載ってる遺構がそのまま残っていました。

3/18 最近写真を撮ると、斜めからのアングルだと気が付かないけど、建物を正面から撮る場合、殆ど左に傾いています。年とってどこか神経がおかしくなって来てるのかな?そういえば最近不眠症だし、便秘気味で自律神経がおかしくなってきたのか、でもこれと関係あるのか?しかしいずれにしても今年で”古希”だもんね。写真はフォトショで修正すりゃいいけど手間掛かることこの上なし!!

3/11 先日偶然”平田弘史応援隊”というサイトを見つけました。平田弘史という名前は私が小・中学生の頃(昭和33〜36年)貸本屋でよく見ていた漫画家(というより劇画家)です。殆ど時代劇中心でストーリーもさることながら、圧倒的な画力と迫力(写真クリックして拡大してみて)で最早芸術の域に達してると言っても過言ではない劇作家です。現在1937年生まれの80歳で作家生活60年だそうで日本漫画家協会賞文部科学大臣賞を受賞した巨匠です。中でも私の好きだった作品は写真にもある「薩摩義士伝」や京都三十三間堂の通し矢を扱った作品(タイトル忘れた)です。今でも当時の漫画がAMAZONでも売ってるらしので買おうかな!!

2/28 昨日は、一旦札所巡りは休んでまだ残ってた海部郡内のお城の調査に!海部郡へは40数年ぶりです。以前は仕事でよく行ってましたね。驚いたのは、海部郡内のお城は15箇所位あるけど殆どが海沿いで、城跡がこのご時世、津波の避難場所に指定されています。しかし中には勾配が余りにも急なため階段の蹴上げが異常に高い、30cm位はあろうかと思います。こんな急な階段老人達は登れるのかどうかと思いますね。しかし肝心の城の調査は全ての城、ほぼ満足の調査が出来たし、気分よく帰ってきたらナント女房が「アンタ携帯忘れてる」だと、女房が用事があって電話したらナント警察官が出て牟岐署で預かってるそう。そういえば後山城の調査の時、日和佐の大浜海岸で堤防の上に置いたのを思い出した。あの時近くに道路警備のガードマンがいたけどあの人かな、でもいずれにしてもヨカッタ、ヨカッタ。写真は海部城南の愛宕山下の海岸で、昼の弁当喰いながら、パチリとね、パノラマ合成です。

2/26 昨日、久しぶりに佐古諏訪山の万年山墓所に再登山、墓所も大分整備が進んだという事での再登山です。
今回は7合目付近の墓域の碑と、頂上近くの家祖正勝公の墓はパス。その代わり墓所は入念に廻ってきました。以前は夏に行ったこともあって草ボウボウに生い茂ってましたが殆ど無く、先の南海地震で倒壊した墓石も徐々に整備されている様です。

2/ 7 ウチのペットのアトム君、ライオンみたいでしょ。
というのも昨年秋口から散歩でダニが付いてきたのか皮膚病で毛が抜けてきました。首の周りはかかってないから、首だけ毛がフサフサ。当然、皮膚病だからペットの美容院には行けず、毛は伸び放題です。

2/ 5 今日は朝から各ページメニューボタンの取り換え作業をしていました。やっと昼頃終わって、アップしたページを見たらナント全然変わってない、ローカルではちゃんと表示されるのに、どーゆーコト。色々調べたらサイトデータのクッキーを消去するんだって、フーン、色々面倒ですな。再度見たら今度はトップページのレイアウトがメチャメチャ、またまた、どーゆーコト。HTMLもCSSもレイアウトに関しては触って無いのに、それから悪戦苦闘することまた半日、やっとこさ直りました。

1/29 今年は早々から歴史探訪・講演が目白押し。ざっと挙げても
    □徳島市立考古資料館展示室での講演会「蜂須賀家万年山墓所の調査と整備」
    □埋蔵文化財センター(レキシルとくしま)で「戦国時代の阿波」
    □藍住町民シアターで「守護町勝瑞と阿波三好氏」「勝瑞の立地と景観」
    □バスツアーで「吉野川中流域の遺跡めぐり−中世のお城をたずねて」
     などなど、”お四国参り”もしなきゃならんし、メチャ忙しい。

1/24 俳優の松方弘樹が亡くなったそうですね。松方弘樹と言えば思い出すのは、昔(中学生頃)私の好きだったチャンバラ映画の近衛十四郎が父親で、当時東映の時代劇全盛時代に活躍した俳優の一人です。この人は何と言っても殺陣が上手い!フツーの俳優なら使わない長い刀を振り回して豪快且つ華麗な立ち回りを見せてくれたものです。出るときもよくある本多髷や茶筅髷でなく殆ど総髪でそれもヒサシがあるカッコイイ役者さんでした。当時は勝新太郎やその兄貴の若山富三郎と双璧でしたね。松方弘樹の最近の出演作では三池崇史の監督の「13人の刺客」これが一番でした。You Tubeに近衛十四郎の当たり役「素浪人月影兵庫」冒頭の殺陣カッコイイですね。

1/21 今度ヤフオクで買ったデスクトップ、HP Compaq 6200pro現在絶好調です。まず驚いたのは起動がメチャ早い、なんと10秒もかかりません、ほんの5秒位かな。かれこれ20数年PC使ってきたけどここまで来たか〜って感じです。OSはwin10、これは一昔前のMACにようやく近づいたって感じだけどね。

1/15 暮れにブッ壊れたHD、どうにか必要なデータの救出に成功しました、ヤレヤレ。

1/1 新年明けましておめでとうございます 本年も宜しくお願い致します。



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