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  私、管理人の思いついた事や歴史の四方山話を書いていきます。                    ホームに戻る

 私の好きなジャズドラマー、ジミー・コブが亡くなりました。

 今日の新聞に依るとアメリカのジャズドラマー、ジミー・コブが亡くなりました、御年91才。
私の最も好きな米ドラマーの一人で、リーダーとしてのアルバムは殆どありませんが数多くの有名なアルバムに参加していたドラマーです。主なのを挙げるとマイルスデイビスの「カインド・オブ・ブルー」(1959年)この作品のメンバーはマイルスの他、saxのコルトレーン、pianoのビル・エヴァンス等7人のメンバー最後の生き残りでした。その他ウエス・モンゴメリーの「フルハウス」やウイントン・ケリーの「ケリー・ブルー」「ハーフノートのウエスモンゴメリーとウイントンケリー」等、挙げればキリがないほど沢山のアルバムに参加していたミュージシャンです。これ等のアルバムは私のLPレコードがスリきれる程聴いてました。ご冥福をお祈りします・・・・合掌。
 ・マイルス・デイビス「カインド・オブ・ブルー」
 ・ウエス・モンゴメリー「フルハウス」
 ・ウイントン・ケリー「ケリー・ブルー」・・・・以上 YouTubeより

 名町奉行、東の大岡越前、西の柏木友諒

 写真は阿波藩名町奉行、 柏木原人友諒の墓(丈六寺)

 阿波藩に柏木原人友諒(もとめ ともまさ)という町奉行であり医者がいた。
阿波の"大岡越前守"と言われた人物で人情味があって、ユーモア精神に富んでいたそうである。

●ある日藩の米を扱う人夫が米俵を盗んで家に持ち帰り見つかった。柏木はその男を呼び出して言った。「禁漁区で網を洗うな、人が見ると魚を採ってるように見えるぞ」
●ある時藩主が柏木に聞いた。「ヒゲがのびて困る。うまい方法はないかな」柏木は答えた。「顔に焼火箸をおあてになるといいでしょう」柏木にすれば、町奉行の職にあるものに、くだらんことを聞くな、ということだ。
●同じく、藩主が壊れた時計を柏木に渡し、「修理してくれ」と言った。柏木はすぐに時計をオノで砕いてしまった。藩主が驚くと、柏木は言った。「私は町奉行です。時計の修理屋ではありません」
●柏木が家人に「本の土用干しをしておいてくれ」と頼んで登城した。昼頃、急に夕立がきて、本はみんな濡れてしまった。家人がどんなカミナリが落ちるかとビクビクしていると、柏木は笑って言った。「夕立のことをいいおいて行かなかったものな」
                                童門冬二著「名将に学ぶ人間学」より


 阿波の烈女、小少将(大形殿)について(予告)

写真は歴史小説「小少将」郷土小説家中川静子著
 
 
 
 

 私の住む地(字)名、逆藤の由来    写真はクリックすると拡大します

小松島勢合
小松島勢合
熊山城跡
熊山城跡
田林寺営跡
田林寺営跡
新居見城跡
新居見城跡
広長城跡
広長城跡
西光屋敷跡
西光屋敷跡
桜間城跡
桜間城跡
福成寺
福成寺

 私の住む字名逆藤(さかふじ)という地名は調べてみると実話か伝説かは定かではありませんが面白い話が残っています。
文治元年(1185)源義経が屋島の平家を倒すため、阿波の小松島勢合に上陸来攻した。義経は平家に恨みのある近藤六親家(小松島新居見城主、治承元年(1177)、鹿ヶ谷の陰謀の首謀者で平清盛に惨殺された西光法師「阿波市広長城主藤原師光」の六男)の案内で、平家方桜庭介良遠の籠る熊山城(本庄城)・田林寺営(勝浦城)を攻め、続いて石井桜間城を落とした。弁慶は阿讃越えの前に負傷者の手当てのため藍住町住吉の福成寺へ立ち寄り、後から来る義経への目印にと福成寺の境内に馬の鞭に使っていた藤の木を逆さまに突き刺した。その藤の木が成長し大きくなり逆藤という地(字)名が残ったそうである。因みに藤の木は江戸期に枯れたそうだが新たに植えられることはなかった。
皆さんもご自分の住む地名の由来調べてみませんか。

 サイトマップを活用してください。

 当ホームページは開設して5年になりますが、その間、ページ数も増えて現在76ページになっております。
その為非常に分かりにくいというご指摘がありました。そこで今回サイトマップを作りました。
トップページ、右カラム(列)の最上段に”サイトマップ”のボタンを設けています。それをクリックすると全ページがチャート式の表で表されています。その中の文字色のアクア色がリンクされているページになります。  サイトマップ

 徳島の生んだ幕末の剣豪

 
 柏尾馬之助(写真右の若衆髷、番傘の人)は1838(天保9年)美馬郡貞光町(現つるぎ町)に蜂須賀家臣、柏尾嘉蔵の次男として生まれた。
北辰一刀流剣術桶町千葉道場で千葉定吉の門弟となり、北辰一刀流剣術大目録皆伝を授けられる。
同期同門に坂本龍馬がいた。
文久3年、尊皇攘夷急進派団体の中心人物、清河八郎・山岡鉄舟らは「浪士組」を結成。文久3年2月3日、浪士(浪人)を含む1,000名以上の中より234名の手練が松平忠敏、山岡鉄舟らにより選抜され、即日江戸を出て、村上らと同じ浪士組六番隊で中山道を上洛。柏尾は小頭役も勤めた。道中、宿の手配のため先行していた近藤勇・土方歳三・沖田総司ら天然理心流試衛館一派や、芹沢鴨ら水戸攘夷過激派も六番隊に合流した。壬生村宿割では、柏尾・村上らは壬生村会所、芹沢・近藤らは八木家と分かれて宿をとっていたが、幕府の意表を突く、清河の尊皇攘夷の上書が朝廷に受理され、朝廷の勅諚を受けた浪士組は、同年3月に京都を出立して江戸へ帰府する。しかし同じ六番隊ではあるが、幕府への裏切りとも取れる清河の行動に反発した近藤・芹沢ら主に八木家宿泊組らは、壬生村に残ることとなり、袂を分かった。壬生村に残った浪士組隊員は壬生浪士組は、後に新撰組となる。清河がすでに攘夷強硬派の急先鋒としていた浪士組を、尊王・倒幕運動の切札に使うと危惧した幕府は、佐々木只三郎ら刺客を差向け、麻布にて清河を暗殺した。前後して虎尾の会出身者は村上・石坂ら多くが捕縛され、浪士組は解体された。清河殺害から浪士組は幕府により再編され、同年に江戸市中の治安機関・新徴組として生まれ変わる。柏尾は新徴組結成初期から組頭や肝煎役を勤めていたが、同年6月に200余名の全隊員で行われた撃剣試合を勝ち抜き、新徴組剣術教授方にも任命される。同郷の山田官司(新徴組取締役・剣術教授方)に代わり隊員に稽古を付ける傍ら、実動隊としても二番隊肝煎役などとして江戸市中の警戒業務も担っていた。 前述の通り剣術は、北辰一刀流剣術大目録皆伝(俗に言う免許皆伝)と白眉の腕前。極めて優れた剣士として評価されていた上、人間的にも実直な人柄で剣術の指導や隊の統率にも優れており、新徴組では剣術教授方代稽古に加え隊の肝煎役を、北辰一刀流では剣術道場を任されるほどだった。元治元年に、新徴組が庄内藩預かりとなり、庄内藩の佐幕強硬派からの影響で、新徴組が次第に佐幕へと傾向を強めると、新徴組を脱隊した。脱隊前より庄内藩穏健派や、幕府の元軍艦奉行で公武合体派の勝海舟、桶町千葉道場同期同門の海援隊・坂本龍馬らとも懇意であった上に、庄内藩改革派や公武合体派、攘夷派も剣の腕前や人柄を頼りに柏尾に接近、彼らに維新の志士として力を貸すこととなる。幕府佐幕派や庄内藩保守強硬派に批判的な脱退だったこともあり、自身の身も危うい立場だったにもかかわらず、庄内藩穏健派や幕府穏健派、攘夷派の要人警護を行ったり、尊皇攘夷派、討幕派、勤皇派武士を匿ったりしている。晩年には病の養生のため、阿波(美馬郡貞光)へ帰郷した。明治元年(慶応4年、1868)4月8日没。近代の幕開けとほぼ同じくして30歳で人生に幕を下ろしたそうである。
                                 (Wikipediaより)

 よりお好きな音で、iPoneのイコライザ使用のおススメ!

 イコライザといってもデンゼル・ワシントン主演の洋画「イコライザ」やアナログレコードのRIAA特性を補正するイコライザーカーブの事では関係ありません。平たく言えば音楽を聞く時の音質補正機能(昔からステレオにはトーンコントロールがついてますね、アレのようなもの)です。
皆さん色々なジャンルの音楽を聴かれていると思いますがiPoneで聴く場合ほとんどの方がデフォルト(初期値)のまま聴いてると思います。しかしiPoneには"設定" の中に"イコライザ"という項目がありますが
通常は"オフ"になってます。
操作はiPoneの"設定"→"ミュージック"→"イコライザ"をタップ。中には23種類の項目がありあるのでどれを選択するか迷うと思いますがとりあえず自分の聴きたい音楽ジャンル、例えばロック好きな方は「Rock」、ダンスミュージックが好きな方は「Dance」や「Hip Hop」に設定すればそれぞれのジャンルに合った最適な音質を実現してくれます。その他特定の音域を強調したい、楽器ごとの音をクリアにしたいといった場合、例えば低音をガンガン鳴らした音が好きという場合は「Bass Booster」、低音、高音の両方を強調したいといった方は「Classical」、ドラムの音をクリアにさせたいという場合は「Electronic」、とにかく自分好みで調整してみてください。
そしてさらにもっと自分好みに変えたい場合は「Equalizer+HD music player」という無料アプリもありますよ。

 私がボケ防止で始めた事

 私がウエブサイトをやり始めたのは10数年程前からになります、以前はIBMのホームページビルダーやAdobeのDreamweaver等のWEBオーサリングツールを使っていましたが、これらのソフトは操作方法さえ理解すれば直感的に簡単(でもないか?)にサイトが作れますが、ある時友人U氏がHTMLやCSSを一緒に勉強しないか?と持ちかけられました。
HTMLやCSSというのはインターネットに関するプログラミングで、他のホームページの画面を右クリックして”ページのソースを表示”をクリックすると表示されるほとんど英語で表示されるWEB言語と呼ばれるものです。私も以前からビルダーやDreamweaverを使ってる時によく現れてましたが、見てもサッパリ分らないので気にも留めていませんでしたが友人U氏が言うにはソフトに頼るよりWEBデザインの自由度が拡がるし、そんなにやたら難しいものではないとの事。しかし友人と私とでは頭の出来が違いすぎます。
オーディオに関しては私の大先生であり、オーディオの技術誌にアンプやスピーカーの製作・批評記事を出して全国にファンが沢山いるようなそんな人です。そんな人と一緒に習って果たしてついていけるか不安でしたが、今までオーディオに関しては今迄彼の言う通りやって間違い無かったのでやり始めた次第です・・・。
画面を右クリックして”ページのソースを表示”をクリックすると表示されます

 ドローンの操縦って難しぃ〜

 私のライフワークとして各地の城に登城して写真を撮りホームページにアップして楽しんでおりますが、天守や櫓の建物や曲輪全体を写真を撮る際にどうしても樹木が邪魔になることが多々あります。そこでこんな時にドローンがあれば便利だとおもい、思い切って購入しました。ドローンもほんとピン・キリで高いのは何十万するのもあれば2〜3千円のオモチャみたいなのもあるけど
高価なのは初心者には墜落や行方不明の恐れがあるので最初はamazonで一万円少々で我慢です。安くてもカメラはフルHD(といっても動画はあまり撮らないと思うけど)や、色んな機能がついていてコスパはイイほうだと思います。
そんなこんなで早速吉野川の河川敷で練習。幸い人もまばらで(人が多いと怪我させたら困るし、第一ヘタな操縦カッコ悪いし)練習にはうってつけ。まずプロペラを起動させてTake-offボタンを押すと1.5m位上昇してそこでホバリング、それから上昇・前後左右させるけど前後左右が難しい、機体がどちらを向いているか瞬時に判断しなくてはなりません。機体には写真のように前が緑、後が赤のランプが点いているけど天気がイイ日は分かりにくいし、おまけに以前怪我した首が痛くて上をあまり向けないし悪戦苦闘でしたが撮れた写真は満足でした。

 阿波出身、新選組の隊中美男五人衆の一人、馬越三郎

  イラストは馬越本人とは関係ありません、勝手なイメージです。
  子母沢寛氏の『新選組物語』の中に、新選組には『隊中美男五人衆』と呼ばれるのがあったそう。
その五人は『同志連名記』の中に次のように出ている。 
    ・ 京都浪士 平同士 楠小十郎
    ・      平同士 馬越三郎
    ・      平同士 山野八十八
    ・ 大坂浪士 平同士 佐々木愛次郎
    ・      平同士 馬詰柳太郎
中でも馬越三郎が16歳の時にあまりの美男ぶりに、隊士の五番隊組長(文学師範)である武田 観柳斎がしつこく言い寄ってきたのを困ったので馬越が副長の土方歳三に訴えたのと観柳斎が実は薩摩藩の間者であると密告した。武田は粛清されたが、武田にも仲間がいたらしく隊には居ずらくなり土方は馬越に手当を与えて郷里の阿波へ帰した。新選組が正式に脱退を認めた唯一の例外処置だそうである。
※五人の美男が隊内に実在したのは確かだが、実際に『隊中美男五人衆』という呼称があったかどうかは確かではない。

 使わにゃソンだよ・・・GIMP2.0      

私の今使ってる画像編集ソフトは米Adobe社のPhotoShop(通称フォトショ)です。
20年程前にver4.0から始めて使って現行はver20.0.4だそうですが、現在は仕事には
使っていないのでver14止まりです。しかしこのソフト高価ですので中々手が出ません。

そこでおススメするのが GINP という写真レタッチソフト。
正式名称は"GNU Image Manipulation Program"、 略して"GIMP"です。
このソフトはオープンソース、つまりソフトのソースコードを完全公開して作られているソフトで、
完全無料です。このソフトはフォトショ並みの機能を備えた画像編集・作成ソフトです。
そしてうれしいことにOSを選びません。Windows版、MacOS版、Linux版もあります。
操作方法は最初はとっつきにくいかも分かりませんが"GIMPはじめの一歩"やYouTubeで分かり易く説明されているので安心です。皆さんも年賀状書いたりする時、Winであれば最初からバンドルされているペイントソフトをお使いと思いますがGINPはその比ではありません、きっと写真の楽しさが倍増すると思いますよ。
           ダウンロードはこちら、https://www.gimp.org/downloads/

 私が好きだった漫画(劇画)

 私が小・中学生の頃の娯楽といえば漫画です。(テレビはまだ出たトコで家は裕福でなかったから近くの銭湯まで見に行ってました)当時は鉄腕アトム(手塚おさむ)、 月光仮面(川内康範)、鉄人28号(横山光輝)、赤胴鈴之助(武内つなよし)等、数多くの漫画が出ていましたが、私はこれらの漫画は見向きもせず、せっせと貸本屋で借りて読んでいたのが平田弘史という漫画家いや劇画家です。上の写真拡大しても分かる様に主に時代劇を中心に圧倒的に骨太な画力で描く作家です。私らの年代の方は一度は見たことある方もいるとは思いますけど見たことない方、見て下さい、なんせもの凄い絵でストーリーも大変面白い作品です。amazonでも買えますよ〜。
因みに私が最も好きな先生の作品は「薩摩義士伝(全5巻)」「三十三間堂外伝」他も全て好きだけどネ。

 このジャズ50歳以上の人なら一度は聞いたことあるハズ。 

 このアルバムの中の「テイク・ファイブ」という曲、日本でもアリナミンVのテレビのCMや フィギュアの村主選手や小塚選手のSPでの演技で 使われていましたので殆どの方が一度は耳にしたことがあるハズ。 曲はアルトサックスのポール・デスモンド作曲で、 ジャズには珍しい変拍子(4分の5拍子)ジャズ。 ウエスト・コーストジャズ、クールジャズを代表する曲です。 タイトルの「テイク・ファイブ」の意味は「5拍子で5分程度の休憩をしよう」という英語でのダブル・ミーニング(double meaning)両義語、駄洒落みたいなものらしいです。 ポール・デスモンドの甘く囁くような何とも言えない音色のアルトサックス、ドラムジョー・モレノの名人芸とも言えるドラムソロ(ソロが長すぎる感が無くはないけど)。ただリーダーでアレンジ・編曲のデイヴ・ブルーベックのピアノがソロは無しで最後まで5拍子の同じフレーズばっかりで面白さに欠けるけどね。
久しぶりに下のリンクをクリックして聞いてみて!

You Tube TAKE FIVE

 幡随院長兵衛と対立した旗本奴水野十郎左衛門

水野成之(水野十郎左衛門)は父が旗本水野成貞、母が蜂須賀家初代藩主至鎮の娘、萬の方の長男として生まれた。十郎左衛門は「旗本奴」の代表格だった。家人らを率いて目立つ装いで伊達男を気取り江戸市中に繰り出し、イキがってやりたい放題をしたアウトロー、いわゆる「傾奇者(かぶきもの)」である。旗本奴は現在の族とかヤンキーとかとは違って、家柄のいいボンボンだった。成之の父、成貞は備後福山10万1000石の大名となった徳川家随一の猛将として知られた水野勝成(みずの・かつなり)、の三男で最終的に3000石の旗本となった水野成貞である。母はというと一説にはこういう旗本奴の姿をお忍びで観に行った、そして25万7千石の大名蜂須賀家の姫が一目惚れして30人扶持の終身持参金付きで押しかけ女房となったそうである。そうした「旗本奴」に対して、町人身分で同様にイキがってたのが「町奴」であり、その代表格が幡随院長兵衛だった。芝居では、十郎左衛門の手下が歌舞伎の村山座の花道で狼藉をはたらき、それを長兵衛に退治される。手下が町人ふぜいにやっつけられて面目を失った頭の十郎左衛門は長兵衛に詫びるという口実で自宅での藤見の宴に招く。そこで殺されることが解りきってたのだが、長兵衛は「怖がって逃げたら男が廃る」と見栄をきって殺されにいく。成之はこの件に関してお咎めなしであったが、行跡怠慢で寛文4年(1664年)3月26日に母・正徳院の実家・蜂須賀家にお預けとなった。翌27日に評定所へ召喚されたところ、月代(さかやき)を剃らず着流しの伊達姿で出頭し、あまりにも不敬不遜であるとして若年寄 の土屋数直の命により即日切腹となった。十郎左衛門は蜂須賀家に脇差の名刀を所望した。しかし反骨心の強さから切腹の際ですら正式な作法に従わず、膝に刀を突き刺して切れ味を確かめてから腹を切って果てたという。

辞世の句・・・落とすなら地獄の釜を突ん抜いて阿呆羅刹に損をさすべい

いやはやなんとも幕府に対して徹底した反骨精神である。
 

 私のパソコン変遷史・・・その1

 昔、私はクリエイティブ関係の仕事をしていました。具体的には店舗の設計・デザインです。設計・製図といえば昔は製図板にT定規と三角定規で、それからトラッカーに進化して多少便利になったものの事務所の中でチマチマやる仕事より現場で動き回る方が性に合ってるので製図は余り好きではありませんでした。そんな時同業の友人がパソコンで製図をやり始めたというのを耳にして早速見学に、機械はMacのpowerPC搭載でPerforma4400という機種で作図作業を見せてもらうと確かに早いし綺麗、図形も寸法を指定してドラッグするとアッという間に引けます、間違っても消しゴムなして即修正。然も店舗のデザインには視覚的にも見栄えがするカラーでできます。そんな事でこれはやらない手はないという事で飛びつきました。
買った機種は勿論マッキントッシュのPerforma6400(写真)で、 これにモニターやアップル製のCADソフトMini CadやA3のプリンターを付けて当時30万を超えたと思います。趣味のオーディオに比べれば安いモンです。
1995年の頃で、当時OSのWindows95が大々的に発表されて人気が出た年です。

 格安スマホに買い替え

 今迄使っていたスマホiPhoneは通信料が高過ぎる、月7千円以上払ってました。無職で年金暮らしの私にはメチャキツイ。なんで通話も殆どしないし動画やゲームも見ないのにと思って調べてもらうとど〜も、外でのデザリングが容量を喰ってるらしい。そこで今話題の格安SIMに変えてもらおうと店へ行ったら今使ってるiphoneはSIMの交換は出来ないそうです。
そこで止む無く新機種をと勧められたのがHUAWEI、中国製である。この製品の最大の”買い”はなんと言ってもカメラ、1眼レフ並みの高画質、WレンズでF値2.2の1600万画素、二つのレンズで被写体と背景を正確に捉えるとの事、もうこれで城の撮影も1眼レフとデジカメ2台を持って出かけなくてもスマホと望遠用の1眼レフだけで充分みたい。おまけにSDカードが装着できるのでスマホの容量気にしなくてもイイし。それに細かいこと言うようだけど充電ケーブルが最初から付いているのはハーウェイだけ、国産は無し、別売でした。デザリングもwifi、Bluetooth両方できるそ〜だしネ。
しかし今迄の私のポリシーは絶対”中国、韓国の製品は買うもんか!”と決めていたけどまたまた(この前もPCのモニターLG製を買ってます)破ることになっちゃいました。安くて性能がマァマァならしゃ〜ないもんね。
※ デザリングとは?
スマートフォンをアクセスポイント(親機)として利用することで、パソコンや他のモバイル機器でインターネットを利用できるようにすること。簡単に言えばスマートフォンを外付けモデムのように使ってインターネットに接続する、というイメージです。