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ベイシー写真館

■徳島県の他の古城跡

石井町 鳥坂城(とっさかじょう)

山城
別名茶臼山城
所在地徳島県名西郡石井町石井字白鳥
規模12m×14m、標高74.2m
歴史文治元年(1185)源頼朝が鎌倉に本拠をおいて諸国に守護をおいて佐々木経高が阿波・淡路・土佐の守護に任ぜられて鳥坂城を築いた。承久の乱後小笠原長清が佐々木氏に代わって阿波の守護に任ぜられると長清は佐々木経高の鳥坂城を攻めてこれを落とした。承久の乱後、小笠原長清は戦功により阿波守護に佐々木氏に代わって任ぜられた。長清は入部するとまず鳥坂城を攻めた。承久3年(1221)に佐々木一族は神山町上山に落ち延びたが、神山町鬼籠野で弓折れ、力尽きて自殺した。
築城年代文治2年(1186)
築城主佐々木中務丞経高
城跡は気延山(214m)が北へ緩やかに傾斜して延びた丘陵の北端の茶臼山にある。登城口は尼寺古墳群の前で石井町教委が立てた石柱がある。本丸まではNTTのアンテナの保守に使うため途中まではPC製の階段が設置されており比較的登り易かったが、行った時期が夏の終わり頃なので木々や草、蜘蛛の巣で苦労しました。従って本丸や曲輪や堀の跡は殆んど確認できませんでした。
阿波石井鳥坂城 阿波石井鳥坂城 阿波石井鳥坂城 阿波石井鳥坂城
茶臼山遠景鳥坂城登城口登城口前の尼寺古墳群登城は頂上にNTTのアンテナの保守点検の階段があるので
比較的登りやすい。
阿波石井鳥坂城 阿波石井鳥坂城 阿波石井鳥坂城 阿波石井鳥坂城
本丸跡苔むした古い石垣堀切

石井町 桜間城(さくらまじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町高川原字桜間
城の歴史城将田口氏の先祖は阿波国司阿波真人広純、阿波真人は斉明天皇の四年(658)に阿波国司として着任した。数代を経て阿波介国風は桜間で統治につとめ、子文治行直は桜間を名乗って子孫もその職を継ぎ、十代の桜間外記太夫良連まで名乗ったが、跡を継いだ甥成良は田口を名乗り、弟桜間ノ介良遠は勝浦本庄に城を築いた。成良は寿永元年(1182)阿波守となり吉野川下流の肥沃な土地を占有して阿波における最大の勢力として知られた。当時は平氏に味方する四国第一の豪族であったが、源頼朝の平氏追討の命を受けた義経が小松島に上陸後、熊山城(徳島市)に続いて落城し田口一族は滅んだ。
築城年代承平年間(931〜38)
築城主桜間文治行直
城の現状桜間神社は城跡というより「夫木和歌抄」に詠まれた和歌の桜間の池のことを県の指定史跡として挙げている。城跡としての記念碑は無し。神社から北に100m位の処に阿波民部桜間文治行直の祠が地元の人の手で祀られているのみである。
阿波石井桜間城 阿波石井桜間城 阿波石井桜間城 阿波石井桜間城
飯尾川を挟んで対岸から見た桜間城跡(桜間神社)桜間文治行直の祠
神社北方100m位の処
祠より桜間神社を見る
手前の畑も全て城跡
桜間神社
阿波石井桜間城 阿波石井桜間城 阿波石井桜間城 阿波石井桜間城
水堀の残存部分県指定史跡
桜間の池石碑
石碑桜間の池跡

石井町 徳里城(とくさとじょう)

城の形態山城
別名利包城・白鳥城
所在地徳島県名西郡石井町白鳥
規模32m×64m、標高45m
歴史城主野本左近は地名をとって白鳥左近とも称した。天正10年長宗我部元親との戦いで、中富川に出て戦死した。これは十河存保と長宗我部との最後の決戦で阿波方の武将の多くはこの戦いで戦死し、三好家は滅んだ。
築城年代天正年間(1573〜92)
築城主野本左近
城の現状白鳥神社から南西に城があった
阿波石井徳里城 阿波石井徳里城 阿波石井徳里城 阿波石井徳里城
白鳥宮白鳥神社
神社より南西が城跡
社殿脇の古い祠渡内川対岸より見た徳里城
中央の小高い山が城跡

石井町 轟城(とどろきじょう)

城の形態平城
規模150m×100m
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字下浦
城の歴史天正年間(1573〜92)の城主は近藤勘右衛門正次で、三好氏に仕えてここに城を構えた。付近には北に重松・国実・諏訪・津毛・片の丸・清水の諸城があり南は京の丸、東に下浦・田村城があって互いに連携をとっていた。天正10年(1582)7月3日の夜、一宮城の長宗我部は3千の兵で攻めて来た。勝瑞の十河存保は2千の兵で援軍で黒田原・矢野を経て夜を待って谷越しに弾丸を浴びせた。それを合図に近藤正次は城門を開き、50騎の精鋭が打って出て敵中に突入した、この時土佐方は多数の戦死者を出して一宮城へ軍を返した。これが有名な轟の夜戦である。しかし同年8月長宗我部は2万3千の大軍で阿波に攻め入りこの城は9月に落城、廃城となった。
築城主近藤豊後守正家
城の現状JR徳島線の下浦駅北東約100mが城跡地である。城跡は石碑があるのみで住宅と田圃だけ、遺構は無し。城跡から南東約1.2km(王子神社すぐ南)のところに轟神社があり近藤豊後守正家の碑がある。
阿波石井轟城 阿波石井轟城 阿波石井轟城 阿波石井轟城
轟城跡轟城跡轟神社上り口轟神社への道
阿波石井轟城 阿波石井轟城 阿波石井轟城 阿波石井轟城
轟神社轟神社小祠近藤豊後守正家供養碑轟神社
阿波石井轟城
轟の夜戦の激戦地 童学寺

石井町 片の丸城(かたのまるじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字下浦
城の歴史城主近藤孫太郎正行は轟城主近藤六藤右衛門の次男で、轟城の出城として築いた。天正10年(1582)に長宗我部の攻撃を受け戦死して落城した。
築城年代永禄・元亀年間(1558〜73)
築城主近藤孫太郎正行
城の現状石井町浦庄交差点192号線から旧伊予街道へ入って100m位、釈迦堂というお寺の東が城跡地のようである。住宅が密集しており遺構は無し。
阿波石井片の丸城 阿波石井片の丸城
釈迦堂釈迦堂にある石井町指定
有形文化財

石井町 天羽城(あもうじょう)

城の形態平城
規模70m×70m
所在地徳島県名西郡石井町
城の歴史天羽出羽守は和泉の国の人であったが勝瑞城主三好長治の招きで阿波に入国、城を築いた。久利35才の時長宗我部と黒田原で武功をあげ、三好長治から感状を受けたが、天正10年長宗我部による勝瑞城陥落の時に落城した。
築城年代永禄年間(1558〜70)
築城主天羽出羽守久利
城の現状未登城・未訪問

石井町 高川原城(たかがわらじょう)

城の形態山城
別名高河原城
所在地徳島県名西郡石井町高川原字高川原
城の歴史高川原氏が天文22年の槍場の合戦で討ち死にした後、天正年間に井内氏が居城した。
築城年代永正4年(1507)
築城主高川原五三・井内石見守(古将記)
城の現状未登城・未訪問

石井町 重松城(しげまつじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町字重松
城の歴史
築城年代不明
築城主近藤若狭守
城の現状未登城・未訪問
阿波石井重松城 阿波石井重松城 阿波石井重松城 阿波石井重松城
城跡地付近八幡神社城主の祠か蓮光寺
古い墓石群

石井町 城ノ内城(じょうのうちじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町石井字城ノ内
城の歴史
築城年代平安末期
築城主久米石見守
城の現状
阿波石井城ノ内城

石井町 津毛城(つもじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町字下浦
城の歴史『阿波誌』に下浦村釈迦堂北にあり、源吉信こと津毛吉信の拠った城であるとされる。津毛氏は津毛越前守と称す小笠原氏の一族であるとされる。
築城年代平安末期
築城主源吉信(津毛越前守)
城の現状
阿波石井津毛城 阿波石井津毛城 阿波石井津毛城
越前守神社近くの文永板碑(石井町指定)釈迦堂

石井町 国実城(くにざねじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字国実
城の歴史城主、近藤加賀守は藤原隆親といい、轟城藤原正次の一族であり、童学寺の棟札にその名がある。
築城年代平安末期
築城主近藤加賀守
城の現状
阿波石井国実城 阿波石井国実城 阿波石井国実城
近藤加賀守を祀る祠八幡宮社殿脇の古い祠

神山町 上山京地城(かみやまきょうじじょう)

城の形態山城
別名神領城・経治塁
所在地徳島県名西郡神山町神領字谷
城の歴史城主については『阿波古城記』では阿部駿河主正賀となっており、徳島市入田の観正寺にある墓碑には上山京地城主高橋越前守義孝と記されている。遺構の規模からすると神領一帯に大きな勢力をもった豪族と考えられる。
築城年代平安末期
築城主高橋越前守義孝
城の現状城跡は神山町神領の鮎喰川右岸に位置する標高240mの通称「城山さん」山頂にある。山頂は広い平坦面となり、東・南側に曲輪を巡らせる構造で、北・西側は急峻な崖となる。城山さん西に「長倉丸」と呼ばれた出城があった。
阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城
城跡、奥の階段が神社参道城山神社城山神社主郭
阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城
曲輪U曲輪T曲輪V曲輪W
阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城
曲輪Tと曲輪Vの間の井戸跡出城のあった長倉丸観正寺高橋越前守義孝の墓
阿波石井上山京地城 阿波石井上山京地城
城跡近くにある雨乞いの滝雨乞いの滝

神山町 焼山寺城(しょうさんじじょう)

城の形態山城
所在地徳島県名西郡神山町下分字西大戸
城の歴史天正5年(1577)夏、矢野駿河守、篠原備前守ら三好方の一宮城攻めにより、城主の一宮成祐は大栗山の奥、焼山寺に籠もった。
築城年代戦国期
築城主一宮成祐
城の現状立ち並んだ堂宇周辺が城、曲輪跡だそうである。
阿波石井焼山寺城 阿波石井焼山寺城 阿波石井焼山寺城
四国12番札所焼山寺焼山寺焼山寺本堂焼山寺大志堂
阿波石井焼山寺城 阿波石井焼山寺城 阿波石井焼山寺城
焼山寺縁起蜂須賀忠英より寄進の梵鐘蜂須賀忠英より寄進の梵鐘

石井町 高畑城(たかばたけじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町藍畑字高畑
築城主高畠字衛門
阿波石井高畑城 阿波石井高畑城
本丸のあった日枝神社城主を祀った祠

石井町 第十城(だいじゅうじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町藍畑字第十
築城主第十拾(重)太夫
阿波石井第十城 阿波石井第十城 阿波石井第十城
八幡神社八幡神社(東より望む)城主を祀ったと思われる祠

石井町 中島城(なかじまじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町高原字中島
築城主稲井帯刀
阿波石井中島城 阿波石井中島城 阿波石井中島城 阿波石井中島城
那須与一神社与一庵那須与一夫婦墓新宮本宮両神社
阿波石井中島城 阿波石井中島城
県指定天然記念物
「矢神の大イチョウ」
矢神の大イチョウ

石井町 加茂野城(かものじょう)

城の形態平城
別名鴨野城
所在地徳島県名西郡石井町高川原字加茂野
築城主土肥弥太郎
阿波石井加茂野城

石井町 市楽城(いちらくじょう)

城の形態平城
別名源吉武屋敷
所在地徳島県名西郡石井町高川原字市楽
築城主石川六之進
阿波石井市楽城 阿波石井市楽城 阿波石井市楽城
城主石川氏ゆかりの石川神社県指定有形文化財
市楽の板碑群
市楽の板碑群

石井町 南島城(みなみしまじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町高川原字南島
築城主甘利奥右衛門

石井町 下浦東城(しもうらひがしじょう)

城の形態平城
別名竹田城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字下浦
築城主

石井町 清水城(しみずじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字下浦
築城主清水長門守

石井町 久米城(くめじょう)

城の形態平城
別名宮任城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字下浦
築城主高瀬兵庫頭
阿波石井久米城
城跡推定地付近

石井町 下浦城(しもうらじょう)

城の形態平城
別名田村城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字下浦
築城主田村源太夫
阿波石井下浦城
城跡推定地付近

石井町 上浦城(かみうらじょう)

城の形態平城
別名有持城・麻植城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字上浦
築城主有持道慶
阿波石井上浦城 阿波石井上浦城 阿波石井上浦城 阿波石井上浦城
城跡とされる向麻山有持氏菩提寺の通玄寺有持神社有持神社
阿波石井上浦城 阿波石井上浦城 阿波石井上浦城
有持氏親族か家来を祀る祠向麻山中腹の広場
曲輪跡ではなさそう
山頂の展望台

石井町 高瀬城(たかせじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字下浦
築城主高瀬兵庫頭
阿波石井高瀬城
城跡推定地付近

石井町 諏訪城(すわじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町浦庄字諏訪
築城主久米川大炊頭正住
阿波石井諏訪城 阿波石井諏訪城 阿波石井諏訪城
諏訪城跡諏訪城跡古い墓石

石井町 白鳥城(しろとりじょう)

城の形態平城
所在地徳島県名西郡石井町白鳥
築城主白鳥左近(野本左近)

参考文献「日本城郭大系」第15巻、香川・徳島・高知編、徳島県教育委員会「徳島県の中世城館」